短歌
(十一月七日)
剥き出しのコンクリートの麗しさ冬に生まるる個人つんざく
灰色の顔する人に降り注ぐ広告動画の家暖かし
暗闇に向かひを歩む人の顔覚えでひとり風向きを知る
日本語で留学生に呼び掛くる挨拶を掻き消す笑ひ声
知らぬ顔スナップの隅に写りゐて咎められざる村の危ふさ
(十一月六日)
丸い寂しさをちぎって捨ててたらだんだん大きくなる白い朝
(十一月一日)
化学的に桃の味するカクテルで副反応を飲み込み眠る
待つことは嫌い もやしが皮を破り月かげ差して青く輝く
(十月十九日)
遊園地は綺麗 彼氏の顔をして白い回転木馬に乗れば
(十月十七日)
期限切れの一日券は薄いから財布にいまも忍ばせてある
卒業をすれば待ち合わせに使う乗換駅は通らなくなる
(十月十四日)
傷ついた碁石を眺む 海原はひろくて波は小さく見える
赤き柿に茶色く硬い筋ありて筋ごと嚥み込みみむとも思ふ
瘡蓋のある手のひらを合はせつつ線香浴びる秋天高し
治り得ぬ傷と治れる傷跡は何か違はむ 首に手を添ふ
ミッキーのタオル干したる庭土に子の悪戯で死にしクワガタ
(十月八日)
銀杏色の地下鉄に乗る乗客もみな纏ひけり秋色の布
(十月六日)
03は省略してね桜葉の落つる色降る空この街の
枯れ色の特定外来生物が凭るる空色の歩道橋
黄色しか許されぬ街抗へば忍ぶばかりの闇 君といた
鈴虫の拍子数えば猫じゃらしの穂実りけりイケアの緑
静かさよカーディーラーの思ひ出のオレンジジュース溢れて沁みぬ
秋好む宮のまします国にいて街を仰げば夜長の絵画
(十月四日)
ねえこれが最後の新学期って嘘 こんな明るいグレーの校舎
夏休み・二(九月三十日)
二軒目は行かないはうがきれいだときれいばかりを追ふ心決め
押し付ける英世は嬉し嘘くさくないくらゐ君のことが好きです
生活の話をしようぼくたちが友だちでありつづけるために
行き慣れた旅先なりきひとたびも同じき人と来ざりしものを
新幹線降りたる駅はほの暗し終はりばかりを思ふ足取り
目立たないステンドグラス色濃くて光をあまり通さぬ窓べ
冬ぐもり(九月三十日)
エリーゼの鳴る夕まぐれ学校は終はりの鐘で終はる幸ひ
中苑の銅像はつねに曇りゐて思い出は動かぬものばかり
順番が来てカウンターに食券を置く望まれぬ身を過ぐしつつ
四年前だれかの中で死んでゐるひととして生きることのつめたさ
夏休み・一(九月二十九日)
写ってはいないけれども横にいた君の感触の写真です
紙飛行機の搭乗ゲート三番へ近況なんか忘れて飛ぼう
好きということを言わずにいることのくすぐったさのようなジャケット
水切りが放物線に従っていくことを君と確かめている
まんなかが白く飛んでる写真から花火の向こうに行けそうな気して
だれとでも同じ形に燃えるだろう花火を眺めるほど仲深し
薄ければ薄いほどよいストーリー 教えてはだめ 隠してはだめ
約束のプランをひとり練っている見知らぬひとの寝る公園で
公園はあかるいきっと光源は来ては立ち去る人の思い出
だれにでも開かれた椅子でなにもしないときがいちばん私を抱く
三度ほど来たデパートの営業に寄せ書きひとつ残していきぬ
よそ国はもとより写真旅行記のごと(九月九日)
よそ国はもとより写真旅行記のごと己が目を知るばかりなり
目と同じくらゐ真を写すとふ他人の写真も眼もて見る
匂ひなり触り心地を知るすべはなかりけりただ眼に浮かぶ
東京と同じ目をして流水は暗き街中流れてゐたり
ほの暗く沈める面の映ゆる街夜ほど儚き現なくして
夕去りてすれ違ふ人なき道になほも眩しき黄色の電車
抱擁(八月二十八日)
言葉ではハグはできない拒むより受け入れるほうがむづかしい距離
少しずつ離れて行ったお互いの輪郭のこと話していたら
君の人格を尊重してとても弱い慰め方しています
花束は抱きしめるためにあるかたち今度会うとき交換しよう
身を寄せたら弱くは抱けないからだして窓のカーテンとは違ってた
触覚は全体が見えないから謙虚だからぼくたち抱きしめ合おう
手仕事(八月二十七日)
針穴の三本取りを嘗むるとき家庭は官能より興りけり
嫋女を手繰るが如し針穴に入れも入られぬ光沢の糸
しづかなる夜を過ぐすかな首筋に刺せば血を吹くべき針取りて
針穴は黄金色をして自惚るる女王の如布を穿ちつ
絡まれば全て切るより他になしいつか絡まるのを待ちながら
(八月十五日)
ぼくのほうだったね変わってしまったの 暗くなってく浜を見ている
思い出す昼がきれいであるほどに(八月十一日)
物語みたいな日々をぽんわりと口に出すたび裏切り深く
「また恋をすればいいさ」とまとまって素直にうなづけば夢想的
いたるところで不連続いろいろな夢物語で過去語りつつ
水晶体が分厚くなってぼやければおだやかな日はあかるい孤独
かなしみは乾くけれども消えはしない(七月三十日)
花火には弔いの意があるといふ できたばかりの友だちと見る
なんの音楽も鳴らないからほんもの エンジンの爆発は見えない
親指になげわはめたら小さくて果てが来るまでなぞりつづけた
いつかひとりで覚えた言葉ならべてはいまあなたにだけ通じる話
布団から水平線に金色が見えたら永遠が終はった証
えもい言葉を重ねたら嘘っぽいからはみ出てるほんものの部分
振り返りは水面に触れるときの波紋だからあなたの顔は浮かべない
かなしみをわざとしづくにしてみたら海へ空へとあなたに届く
打ち上げは打ち上げ花火と同じ意味(七月二十五日)
思い出じゃ生きてけないのに特別で金曜ロードみたいな一夜
打ち上げは打ち上げ花火と同じ意味 すぐに散るのにカメラを向ける
色つきの瓶の写真でいっぱいでだんだん減っていくさまが見える
三分で終わる一曲重ねては短いほどに終わりは来ない
革靴の先も赤信号の色 黒も光を跳ね返す夜半
インスタのグラデーションの嘘くささ明日にはここにしかいないひと
初恋はほろよいの味(七月二十五日)
初恋はほろよいの味 君といるための空き缶片付ける朝
炭酸に溶かしてしまえどこまでが愛かわからない妥協なんて
酔っちゃったってラインするたびひとりでもできることって飛行機の窓
心臓の音はぼくしか聞こえなくてさみしくなって愛を続ける
強すぎるお酒はひとりになりすぎる 溶けても崩れてない雪だるま
日本酒が飲めなかったし君を見るために日本酒を飲まなかった
成人を待つ一年がぼくたちの一年だった一つ年下
少しだけ安い味する一年後べつのだれかと飲むほろよいは
(七月十三日)
創世を受け入れますかいままでのメモリは全て消去されます
空まもる箱ひとつ崩さむ(七月二日)
思ひ出すたびに空箱ひとつ捨つ まとはる飴は偽物なれば
贈り物かばんの中に埋もれて空箱は空まもる箱たり
丁寧に折り畳まれし空箱を組みては潰しくず入れに隠す
しづかなり折り目沿ひつつやはらかき手もて空箱潰す儀式
いま少し残せり空を入るる箱 空と混じりて風化するまで
(七月一日)
好きでしてゐることビール左手に褒められここに遥かな草原
(六月三十日)
七月にのみ咲く花を垣に植ゑつる家主は夏好みけむ
けふはこの海辺にべつの人と来つかし(六月二十九日)
裾まろきノウゼンカズラあの日より一本裏の道で見つけつ
いろいろな拘り覆ひ隠したり海風運ぶオレンジの夏
踏切の音の余白を波の音が埋めたり海は思ひ出溶かす
言ひ出だしかねつる店も行かざりし社もいまはいづこも選べて
思ひ出より近かりき海だれとでも浜へと続く信号赤い
小惑星(六月二十五日)
いつの間にこんなとこまで来ちゃったね ふたり地球の青さ眺める
退屈だという君の頬眺めけり朝も夕べもないこの星で
この星が遠く流れていつか桃源郷に行く夢物語
「この星はどこが北極?」「もしきのう北枕だったら怖いじゃない」
「英語なら地球も大地もearthだね」君の横顔少し俯く
住民が二人の星にふたりきりになれるところはつゆほどもなし
溶け合って我は君なり君は我鉛のやうに広がってゆく
この星を覆ひ尽くさむ我らには空とか大地こそが幻
サイレンが光りて赤き小惑星破壊は救ひ救ひは破壊
見上げればいまも小惑星が目に入る少しも見えないけれど
訪友(六月二十一日)
早過ぎぬ お濠の蓮の枯れたるを未だ見ざれば二人歩みき
待ち合はせする携帯は惑ひ顔すめり常ならず近き交信
横顔の背景に梅雨また咲きぬべき花見るは我のみにして
やや広き道を歩めばかつ寄りてかつ離れつつ円き公園
設計師の築ける庭の小川よりなほ美しき渓谷あらじ
思ひ出は危ふし 掛けたる折畳傘よ滴を閉ぢ込めわたれ
あくがればひとつ 故郷と同名の明治通りの看板撮りつ
幻はまだ見ぬかぎり常にあり 故郷の明治通り避くべし
(六月十一日)
失くしても思い出せないものばかり まだ残ってる揃いの指輪
混ざらない色はしあわせ ほんとうは赤いワインも飲みたいけれど
(六月九日)
あなたから知りたる書の名告ぐるときいふ或人といふ声高し
(六月七日)
冷水機のペダル軋みてしづかなる図書館に我ぞ飛ぶ水となる
(五月二十八日)
毒が染み込まないように隠したらまだら模様に揺れる水底
やや溜めた洗濯物を畳むとき触れない肌の熱放射消ゆ
(五月二十七日)
野苺をつぶしたような山道は上にも下にも広がるばかり
万華鏡の光が見せる浮島を白い墨汁注ぎやわらげる
黒紙で包んでみれば生ぬるい汀が凪の蠢きをして
烏より三段低い道を飛ぶやや聞き取れる外国語浴び
パレットに空気とまつげ押し当てたら机も腹も油絵の中
火山灰色した鳩のつがいいま飛びぬ 同じ色の道残る
ほらあそこ森はあります薬指と小指のあいだに生した苔とか
水曜日と金曜日しか開かない牛乳屋やけに見る裏参道
地雷系メイクの媼にあいまいな会釈をされているヒメツツジ
集英社オレンジ文庫にありそうなカフェは入らない臨時休講
(五月二十三日)
行く人の身なりは少し明るくて銀の鈴にはすべてが映る
曇りでもやけに明るい 日焼け止め貸したら君の腕はまっしろ
(五月二十一日)
君といたころはなかった目ん玉が夜のトイレにぐりぐりと鳴る
左足を天井に向け伸ばしたらそこそこ私の人数は多い
恋人の目が黒すぎる夢を見て起きたらつよく咳き込んでいた
午睡のチャイム(五月十七日)
擦り切れたテープのようだ 川岸はあざみばかりがピンク色して
だれひとり立ち入ることのない庭に点対称に横たわりおり
ヨーヨーが弾けたときに飛び出した水も紫色してるみたい
ここにしかない幅広のスロープを鳥居の色は夢だと言ひき
奥庭で砂漠の民の言行を訳せば藪のいよいよ深し
深藪の中にナトリウム灯あり返り見すればわたしがいない
一度だけ天皇陛下の行幸があったと言ひて老婆眠りぬ
(五月十五日)
青インクペンに吸わせる夜 すこし薄まりすぎた自分をもどす
人体の約六割は海でできているから検疫があります
出勤は音が本降りもうすこし中で淀んでいてねララバイ
黒色の服着てきたと思ったら街ではこれは紺色らしい
ほんとうは忘れな草じゃないのただ便利だからそう呼んでいるだけ
街灯の色の好みを考えてもひとりで抱きしめられない自分
(五月十日)
それは君の趣味だよねって吐くなんていつまで友達気分でいるの
文鳥を飼い始めよう私たちの言葉ひとつに溶け合うように
君の寝顔を知ってしまった悲しみにからから回る回転木馬
肌よりも2cm中で触れ合って花火飛ぶまでまだ少しある
わたしとも君とも違う被造物おゆうぎ会を抜けてはだめよ
(五月九日)
曇り空似合う街だと嘯いた人は瞬き雑踏の中
早足でセンター街を進むとき空気がなくなってくれている
ふたりでもひとりが二人いるみたい昔と同じ色をする人
幸せはみな平等にださくって生暖かい空気を吐いた
タワーレコードの袋を見たら友人と知らない人にエアフリーハグ
(五月八日)
海岸は砕けた反射板だらけ綺麗だねだからよく気を付けて
指先に血が集まって7cmピアノみたいに空気を叩く
思い出をつくるだけでも満足ができるくらいにひかっているよ
新緑のなかで相槌打つきみの話にいつも見る交差点
すこしおめかししたぼくとすこしおめかししたきみはよくすべる声
目覚めたらそこはすべてがまっしろであとはまっくろだと思うだろう
オリジナルモカブレンドの底にいるラクダの夢はずっと苦くない
(四月三十日)
ほんとうはきみから奪った口癖をきみの知らないひとに教わる
かわせみがつんざく夜闇の隙間からああ鮮やかな悲しみにじむ
(四月十九日)
いつか掘り返してみたくて土よ土よ早く積もって埋もれてしまえ
(四月十六日)
春の影残す川面の花いかだ去るものばかり美しきかな
(四月十一日)
ぼくが夢であなたと会った真夜中のうつつをぼくは決して知らない
半過去で話すときにはだれもみな少し感傷主義者になって
湿り(四月十一日)
もう声は残っていないのに言葉だけを知らずに発し続ける
あなたになりたくてうなじを舐めていたころの味蕾はターンオーバー
ぼくの中に遺るあなたはぼくでありぼくはぼくではないとは知らない
薄暗い百軒店の朝ぼらけに遺るぼくらを見つけはしない
ああぼくのファーストインプレッションは実はあなたの口癖だった
夢の中何度も聞いたアルバムをべつの人にもおすすめされる
どこまでも飛んでいけあの夏ぼくらの間にあったぬくい海風
(四月六日)
つまらない写真がやたら残ってて会いたいひとがいたのでしょうね
(四月一日)
流行に私も乗って見ましたのと恥づかしげなる桜の街路
(三月三十一日)
遠くから見れば一面真っ白でしょうね雪嵐の粒数え
祈ることはよく歯を磨くこと あ、ヒヤシンスの根が伸びている
(三月二十四日)
マシュマロにそっと触れては空しさの満ちた気泡を憎みて潰す
マリアージュ 身体の影の輪郭のにじみが君の作る光だ
待合室でメランコリーは珈琲に溶け込むミルクのなす綾の色
(三月二十日)
ていねいな字が右下がりなこととかをだれかに話したくなる春辺
置き土産のようなちょうちょが纏わればいつもの駅で待っちゃうだろう
(三月十二日)
世の中のすべてが憎い恋人の指のダイヤも七色の虹
(三月三日)
新宿の夜中はゲロの泡さえもネオンを見つめきらきらしてる
タクシーは山手通りを駆け抜ける埃くささにうっとりしたら
外廊下の電球だけがお帰りを告げる練馬の築40年
なんにでもなれる気がした生卵500Wで20秒チン
(二月二十五日)
点数を赤いシートで隠したらきっと西へと羽ばたけるだろう
ひな壇に知らないふりをして会えばおごってくれる紅茶もぬるし
重さには緩衝材を備えましょう右脳に穴を夜空のように
シーソーに乗ったときからアイマスク夜空は無限大だと信じた
市場からおひとりさまにザクロ果汁がけパイ新発売
(二月二十日)
口癖を捨てる私に息づいたあなたの視界さよなら世界
(二月十二日)
雪解けに萌ゆる梢の宴の音閉ぢこめけむや梅の紅きよ
(二月十日)
帰り道赤い直立信号にかわせみみたいな色の四輪
(二月二日)
「濁るまで終わりませんよ」金魚展、水槽、きんぎょ、ふたり、ほんもの
(一月三十日)
船体と自爆スイッチ英語辞書煙草菓子袋のみ残りをり
鈍行に溢るる光後頭に享けたる女、男などあり
(一月二十二日)
抜け殻を探し集めて暮らします、コンソメ色の感情溜める
(一月十八日)
隙間風に恨みもこひも消え果てて凪ぎぬる情けひとり抱へつ
きらきらと雪のけぶりて松枝をつひのみやげにもやひを解かむ
雪にしてぼくの両手で溶かしちゃえ祈りの届く神さまなんて
ぼくたちは影だリングが錆びついて溶けても消えないリングの影だ
(十二月二十五日)
世界を語るばらは世界じゃなくて魅せられた王子は怪我をする
(十二月四日)
「好きだよ」で始まる恋の最後には「すきです」くらいしか言えなくて
目が四つあったころにはなにもかももっとくっきり見えていたんだ
なにもかも変わらないのがさみしくてかたちはこんなにもすかすかだ
なごり雪の堰が切れそう滲むほど棄てて壊してしまいたくなる
会うことはもうないきょうの君の服も無意味にぼくの知ってるどれか
(十月十二日)
秋色は梢に宿る昔とは違う白さの息しか吐けぬ
人影は二つ三つにて寄せ合ひて窓からまろき陽の射す
水竜(十月五日)
超音波の歌声辿り目の見えぬ水竜ひとり巡り逢ひたり
やさし声聞くもいつしか心憂きあかつきばかり澄むことあらねば
奥山の川もご不便おかけします予定平成35年
くらき世を生くるゆゑにや盲竜の声かなしくも澄みわたりけり
一輪の八色の菊を手向けすればこのふさふさのものはなんだい
盲竜の行方は知らずいま里は大きなダムの火を灯すべき
(十月二日)
わたしとは身体の外側全体で宇宙は内側全体だろう
踏切をもつ道沿いの顔をした廃線跡の沿線民家
あき風(十月一日)
もし君の世界にぼくがゐなければやっぱり悲しい運命でした
火の玉をもっとも永く輝かすために線香花火横たふ
背を合はせ少しぬるめの体温の失はれゆく感じてゐたり
蝋燭が消えて形を失った 蛍火明き道返り見る
初めからみんな決まってゐたのならそれは綺麗な悲劇でせうか
金の氷に色とりどりの氷の溶けて跳ぬる涙も黒潦
眼球に大き海原映り来て惜しや我が身の地球ならざる
半身に初めて知りしぬくもりを忘れやらでぞつむじ風吹く
あらぬ人を見る夢のまだ覚めやらで秋の夜長や情けあるべき
木枯らしが山を頂きから変へてどこにもゐない人を愛する
卵黄と胚乳(十月一日)
「卵黄と胚乳だけを食べてれば生きていける」と頬の膨らみ
赤色の沸騰石を入れぬ湯がゴム管つたい鉛直に吹く
暦ではもう冬だよと象牙色の上着をまくり産毛を見せる
散らばった声に音叉とボーカルの演奏会のテイク5が鳴る
真っ黒が好きどんな絵のどんな色もその内側に含んでいれば
生き物はみんな生きなきゃいけないの夜の岬で細く呟く
(八月二十九日)
目に浮かぶ君の瞳はのっぺりと隙間を埋める生成画像
青色の隙間ばかりが残っててみんながひろい夏空の下
(七月二十四日)
寂しいに愛してるって言われたら熱さひとつが焦げ付き残る
(七月十九日)
ああ 蝉の鳴かない夏も夏でした かくもこの世に生を享けたり
(七月十五日)
泡のあるスライムになる 君といる時の形がもっとも好きだ
(六月十日)
忘るるといふ人殺し積りゆきて咎さへなきぞ苦しかりける
(六月一日)
部屋角に他の男の名を吐いた女を抱きぬ生ぬるき腕
この石を横にずらせばきらきらと濡れた地面が光って消える
(五月三十一日)
一滴のミルクが垂れたダージリンを彼女はもう飲めないのと言った
(五月二十九日)
まだ人の踏み入れたことない森に深夜ラジオの電波が注ぐ
(五月十九日)
授業中紙飛行機を飛ばす癖やけに折り目が正しいあなた
(五月十七日)
木漏れ日を落とす言葉の透き通りガラス細工は光を乱す
おひなさま十年ぶりに空を見て小さいままで微笑んでいる
追いかけても追いつかなくて水平線 これは恋への恋だと知った
(五月十日)
浮かび来る我が屍を見下ろしてかく歌詠みは神を知りけり
嫌気性生物なりし頃のこと浮かびて安く息が止まりぬ
目の前が暗くもなくて眼球がいつしか水になったと知りぬ
大脳に塩酸染みる 溶け切りて痛みも消ゆるアミノ酸見ゆ
(五月九日)
帰納して行けば好きかもしれなくて途端に君がぜったい好きだ
(四月二十三日)
落書きをしようよ自由帳広げ儀式みたいな乾杯捨てて
子を孕む蚊の一匹が留まり来て躊躇ひ籠る東屋蒸れて
掬へるはただ純粋な水なりき底には泥を蓄えるとも
二階から見える桜のてっぺんが今日を忘れぬ日にしてくれる
ひとさらの汚れもなしに真っ白ですべてを覆ふ吹雪は怖い
大空のいちばん高いとこが家うえとしたとを反転すれば
廃都(四月二十日)
コスモスがやっと遠くに見えてきていやに安心する昼下がり
紫がなんの色とも言えなくて自分はここにただ立っている
涼風にあまりに細いコスモスが揺れているのが旅行らしいね
コスモスが多すぎていま友だちが考えていることを知らない
バス停を探し斜めに小走りをしたのがコスモス畑の写真
コミュニティバスに揺られてどうしても身体が近くなる帰り道
人のなき病院前のロータリーゆらりと迂回してくれたこと
最後かもしれないぜんぶコミュニティという言葉が癒してくれる
ほんとうはそろそろ君が疲れてることもわかっている間柄
夕闇に見えないものが目立ってて焦りの溶けるローカル電車
トランクがあまり大きくないことが嬉しい ここで三人降りた
古ぼけた電車の椅子に溶かされて二人三脚できる気がする
いつまでも続くのだろうどのいつもいまとは違うぼくたちだけど
桜花(四月十九日)
目の前に季節外れの花びらをいま葉桜が落としていった
この道は見上げるばかり来ない日も来る日もぼくは桜ではない
夏が来てやっぱりぼくはこの道に桜があると知りつつ歩く
気まぐれに光を漏らす時ありてあるいは蔭でひと涼みだけ
涼しくて静かだ君の根本にも死体が埋まっているのだろうか
来年も赤くなるかと尋ねたら当たり前でしょと葉を落とした
桜ならみんな好きでしょこないだも幼稚園児が葉っぱを拾う
秋風に身震いこんなところまで落ち葉がひとつ飛ばされてきた
枝先にひとひらの雪降りるまで待とう花見をしてみたいから
清月のあたるさびしき冬の枝はやはりひときわ美しかった
月かげに冬芽がうつるこの花がどうか綺麗に咲きますように
桜花咲いて誰もが見に来たらぼくの姿は消えてしまえる
桜花いつか忘れてどの街で見た花なのかわからなくなる
(四月九日)
愛すれば愛するほどに自分ではないといふ寂しさに濡れゆく
(四月八日)
次こそはあさがほの種植ゑるぞと三年生の夏休み暮る
(四月七日)
さらさらと桜のいろにおだやかに諦めていく未来に気づく
一本のひとたびも実をつけぬ木に侵される国に今日も眩暈す
未来って想像なんだいつまでもきっと現実にはならなくて
八年間の花火の色と形とを記録しながら眠る携帯
(三月二十七日)
火星にはマリネリスてふ渓ありて水の流るるまうけせるらし
(三月十一日)
散り際の花見に行こう君とぼく花は自分じゃないって知りに
あはれなりきたないものを見ることも適はないからだね花がすみ
あかるくて涙を誘う窓のそと夢みたいだねうつつじゃないね
(三月十日)
下心地読まむと顔を見つめてはあばたの数を覚ゆるばかり
(三月八日)
来ることもいまはかぎりの街の地図眺めて道をすべて覚えむ
春の夜の夢ともまがふ一日ゆゑいまひとたびのしるしあるべし
(三月七日)
有明の月はつれなし東雲のあかき空見でわかれのまうけ
あたたかい春の日君はどこにでもいるのそれからどこにもいない
(三月三日)
三食をともにしようよぼくたちの体が徐々に似てくるように
(二月二十四日)
念入りに厚着をしたら寝転がる宇宙のなかに消えないように
桃色に染めてあげよう藍色とまざって濁るのがいやならば
運ばれし珈琲は早冷めゆきてなほ暖かき人ぞありける
(二月七日)
創造は歪みなりけり破壊なり目を背くれば自ら歪む
大川を離るる流れも天地の理なればいかで苦しき
自己愛の果てかゆゑんのなきのちになほ後るべきかなしさありぬ
かなしさのありてほかには残らねばすなはちこれかとむらひといふ
野鼠を嚥みし小蛇のごとくありただ雪原のかなしさぞある
(二月二日)
ゆびあとのちひさきでくを取りて見ばあな吾妹子のかなしかりけり
安心はカラスがガードくぐりぬけたとえば空に舞い上がること
溶けそうな雪を固めて守ること雪だるまって呼んで遊べり
(二月一日)
星空をケースに詰める仕事して歯車にない作用を残す
(一月二十八日)
暖炉より昇る空気の乾きゆゑ筆記体にて空気と書けり
オレンジの低用量の憂鬱を耳に含みて目をぎゅっと閉づ
形式はお化けみたいだ言霊の火のたまひゅっとこめかみ冷ます
(一月二十六日)
沈みゆく包まれてゆく闇は色身をとらへさす日常を生く
(一月二十日)
いままでにちゅーしたときも回数をぴったり同じ二人あるけり
(一月六日)
荻窪に快速の止まらぬことを告げし白シャツとはそれっきり
(一月一日)
あらたまの月のうさぎのみをつくしゆくへ照らさむ満ちつ欠けつも
(十二月二十三日)
朝はまだあらたかな空さざれ石もしゃんとしている永遠のごとくに
(十二月二十一日)
灯油缶少し残った山小屋に助からなかったのかなと思う
花束をあげる代わりに《花束》と送るカーソルの息の根とめて
小豆入り紅茶ラテ膜張る頃にシステムキッチン、あるいは宇宙
埋立地のイオンモールは切り花の匂いがしない知らぬ横顔
愛してるなんて言ったら二光年先へと行ってしまったようだ
くじら雲夜の高層ビル群を行くならもっと高く泳げよ
君だけを持って行けない春休み空のオルガン眺めるように
(十二月十九日)
冬の日のお濠に差せばいづことも知れぬ亀色の水になりぬ
一人よりもっと一人の分かれ道すべてが雪のように光った
(十二月九日)
失恋の歌がにくいよさびしさのために推敲重ねるなんて
(十二月七日)
見むとてもかなはぬ君にあかねさす月のさやけきかげだにもがな
(十二月四日)
躊躇ひを見透かせるごと硬くなる指に送信ボタンを押せず
オブラート包む薬は甘くってそれはほとんど苦いほどです
(十二月三日)
ふるさとは兎と小鮒夕暮れの川面は茜なんて要らない
もみぢ葉の赤さも二人眺めたし朽つる前のみ見ゆる色ゆゑ
手のひらを空にかざせば指先を象る光背景になる
我はかく不器用なりき言葉なら君の内側まで抱けるのに
亡き人にもの借りてなほとぶらひは旅行の朝のごとき幻
(十一月三十日)
花火逃げ込んだブラックオパールにきみの言葉は溶けこんでゆく
(十一月二十七日)
あてのない手紙を捨てるためにその裏におかしな絵をひとつ描く
放課後にイオンモールの三階でお茶して帰るゆゑに我あり
果てしなく続く国道その先は常世の国に繋がっている
ふるさとの山に登りぬその山は砂色をした摩天楼です
こひしさに平仮名の「し」のしだり尾のやけに長くて「さ」が書き出せず
夕焼けを見るデートとか許さないなんてつぶやきつつ昼下がり
フラスコに雪降りゆきて震へては触れずに触るる古さ欲る夜半
(十一月二十五日)
雷の打ちぬる庭の畑にはきのふと同じ黄金色かな
(十一月二十二日)
売り物の宝石纏ふキャラヴァンの長き睫毛ぞかなしかりける
(十一月二十日)
毒色の花垣飾る煉瓦より門を潜りてをとめ子の朝
(十一月十七日)
葬式の帰りに撮りし星の写真指三本で容易く消しぬ
(十一月十四日)
きみの手に触れたる指でオレンジの皮むくこともできると知りぬ
あたたかくない指先がほんものでふたりで忍び寄る闇を見た
寂しさが好きだと言った国道は夕日の影でいっぱいだった
(十一月十二日)
仏蘭西と聞けば食ひたし蝸牛人はかうして仏蘭西となる
蝸牛食ふ仏蘭西を知らぬ子のやうな目をして食はれてゐたり
(十一月七日)
ぎざぎざの大人といふ字見つめをり君と回れる観覧車券
(十一月三日)
ざらざらの日干し煉瓦のあきらめを割りてぞ見ればなほしほたれぬ
消ゆるとはかくもつらきか忘るれば死なむ忘れねばいとど苦しき
もうないといふことのみぞ覚えられつらくもおくれるたましひもちぬ
思ひ出はラピスラズリの色をしてみづからさへも塗りつぶされぬ
(十月二十三日)
ひとりでもそれってデートぼくたちはいつも互いの恋人だから
かたわれになればからだの片方はきみの輪郭おぼえていたり
ふつうってとくべつなこと青空のすがすがしさに君が好きです
(十月十九日)
曇天をレンジで五分温める何時しかビルになってしまった
クレヨンやテープの跡塗りかえる怖くはないと口に出しつつ
(十一月十八日)
な行には少し溶けたるゆびさきの砂糖のごとき甘さあり な
黒色の光まばゆき夜のありて路は濡れ雪旅は西ゆき
あを薔薇の舞ひて世間は喧ましき花びら落つる野を見やりつつ
ゆふ燒けは戰ひの如戰ひはゆふ燒けの如赫きは寂し
(十月十五日)
属格は被修飾部が具有する性質を表した格です
人間の皮膚は二十日で入れ替わるって聞いたぎりぎりセーフ、知ってる
新宿にネオンは灯る隠すならこんなところがいいと思うの
いることといないこととは同じだと言えるくらいにずっとそうなの
さみしさはほんものだから好きなのねほんものだから好きはさみしい
火があってそこのほかには火はなくてうそがつけない冬はさみしい
やみのよをとぶほたるかなたゆたひて高架を裂きて向かう岸ゆき
ほんたうのことはいろんな方法で言へるのたとへば月がきれいね
むかしからおぼえてゐたのけふのことあすのことあさってのこと
近いっておんなじよりも素敵だねちかひちがひはたふといとほく
触れあひて溶けあはなくてあたたかいほんとはずっとかうしてゐたの
(十月十四日)
夕陽より夕陽のごとき午後ティーのレモン街路樹秋を愛しぬ
溶けてゆくさなぎのなかで我を知る双子のひとみ刮いてゐたり
もみぢばを抱へて帰る幼子の写真のごとく今年も染まれ
さくさくと落ち葉をこはすしあはせは軽やかにいま音を立てをり
すぐそこにいないけれどもいるという眠気はらはら紅茶がくれる
紫陽花の前で出会へるひとゆゑに向日葵につつまれにゆきたし
(十月十一日)
寂しさが少し好きだとうつむいた去年のぼくの肩をたたかん
流行のサビのフレーズ口ずさむ安易に君に好きを言いたく
(十月九日)
朝露が対流圏の水蒸気全体だったころは友だち
タイミング逃した言葉だけはよく覚えていればうそかもしれず
ひとりでも生きられるひと愛したり革命準備罪で匿え
春の夜はいんちきくじでプロポーズじつはまるきり無意味だけれど
ひとり夜はテトリスのごと一段の予定を消してまた明日が来る
建前も吐露もすべてが真実でただ好きだっていう意味だった
生きるのは怖い震える息みたい入力中の三点リーダ
(十月八日)
もの思ふことばにすれば二文字で終はるそれからまたもの思ふ
ほんものは体育館の片すみでうそといっしょに暮らしています
摩耶山を照らす光のやさしさにデッキはみんな下を見ている
つめたさが今はほんのりうれしくて舌で溶かしたハーゲンダッツ
六号の坂を上れば広き空いたずらっ子も見上げていたり
どこかへと運ばれるため鉄製の小箱に眠るまだ飯田線
友だちとゴーヤの味を知るゆふべ社会も悪くないなと思う
おやすみのピンクイルカとにせものの海泳いでいたりほんとうのこと
壊すことは守ることだと彼は言う作ることではないということ
電球も洗濯物もミキサーも祝電送る宴にひとり
コスモスも茜の雲も四つ辻の交番もみな君を呼んでる
(十月七日)
なんとなく恋人の名を書き出せば恋人の名の書いてある紙
黒革の鞄机の下にのけふたりの夜はちいさかりけり
窓辺より光ひとすじ漏れ来ればひとりの夜はやさしかりけり
桃色の空を偲べば色薄く我ぞ白色不透明なる
腐るよりさきにつみおく葡萄してながめをしのぶ酸き酒つくる
塩よりもしょうゆが好きというふうにぼくを好きだというきみの声
(十月六日)
初恋のひとの苗字を戴いたチェーンのカフェで啜るコーヒー
夕焼けの真似っこなんて大胆な緋色の皮に隠しているの
澄みわたる空気の寂しさ愛すれば君のとなりへ一直線だ
運命が教えてくれたこの恋は球根にして自分で殖やす
秋が好き去る秋が好き死ぬ秋がまた来る知らぬ顔した秋を
(十月四日)
闇夜には我と君のみ浮かぶゆゑ待つとふくまのなき幸ありぬ
(十月二日)
塗り壁のごとくやさしき時過ぎて好きなひとから返りごと待つ
(十月一日)
初秋にはやくれなゐの花みづきよ小石のほそぢいづくにか行く
思い出すたびに現実からずれる現実は繰り返せないから
(九月三十日)
こころなく土にかくれし廃仏のやすきゑみこそめでたかりけれ
巡りきてもの思ふ日も遊ぶ日もいづこも同じ際のなき空
奥山に星より他に知るひともなくてぞ紅きもみぢあるらむ
かささぎの通ひ路波もなく消えて澄みたる空にひとり夢見む
透明の結晶のごと抱へをり入らんとすれば互みに割るる
(九月二十八日)
そのままにゐればあなたのすむ国に向かふ電車を途中で降りる
(九月二十七日)
寝入るまでずっとおしゃべりしていたね何度も反芻しただけだけど
(九月二十六日)
大切なひとほどうまく話せないならばうたでもいっそ詠もうか
天井も真っ白だっていうことに気づくくらいにわたしも白い
(九月二十四日)
忘るまじ君の嫌いな君さへも君に果てなき命与へん
リモコンでもいいからそばにいさせてよ君は知らないひとになってく
「善人」の指図を受ける恋だものふざけるくらい大胆にやる
捨てかぬる入場券に大人とふ字こそ目立ちてわりなしと思へ
(九月二十三日)
距離をおくことと大事に思うこと少し似てシュレディンガーの猫
天高しサニーレタスの維管束潰す擬音はむしゃむしゃという
田舎へと帰る特急駆け出しにいつか見慣れた青いマンション
いつだって君を見つける瞬間はおとぎ話のような約束
秋風もこの市この道この丘が好きですらりとまわってるのね
目が合わせられずにずっと揺れている大きなイヤリングが焼き付きぬ
甘い甘いキャンディぐっと飲み込んだような片恋でした さよなら
(九月二十二日)
こがね色こがれてこぎつねこぐ船路ゆくすゑまではたのみがたくも
カレンダー指折り数え待ちしかば記念日にならむ日を早覚ゆ
上ずった声もメールに打ち込めば臆病なほど事務的な文
君がぼくに二度会う間ぼくは君に夢で七回会うすれ違い
(九月二十一日)
最高に綺麗だったね海色のコート初雪ボクシングデイ
猛毒の恋を一粒掬い取り幸せな夢見せる口づけ
背高の姿は赤し曼珠沙華一葉だにも足がかりなく
水仙の一輪摘めぬ優しさは今は弱さと呼ばれてゐたり
ふくらんだ風船のごとうわずった声は長くは持たないだろう
君の結ふ言葉ひとかけひとかけを字足らずだらけの短歌と聞きぬ
我が出だす言葉すべてが字余りの短歌のごとき焦りを帯びる
そこの人ごめんね、7番テーブルは勿忘草のお墓だからさ
月かげに君が本音を打ち明けてぼくの本音は言えなくなりぬ
もう五分知らないふりをさせててよ石のかけらが抱く薬指
ああこんな時の遅さを知ってゐるデートプランにアドバイスしき
秋桜に涙で水をやるやうな善行積めり風は見ずとも
甜菜かサトウキビかもわからないほど白ければ言へることあり
失恋をした夜にだけ志向する第三関係というものあり
いろはすを二十年後に選ぶ日もまだお揃いになれるだろうか
軽々と答えるだらう今だけは好きなほくろの位置好きな水
こっそりと関係性を編集し保存しないで閉じる押したり
(九月十九日)
ちからなどないひときれのことばゆえ君は約束してくれたのか
結晶は嫉妬のもとに変成し光を出さぬ石炭となる
(九月十八日)
もう会はぬきみとぼくとの共通項は一億人が該当したり
待合の合成皮の椅子ふたつ窪みを見れば我残されり
体裁のために支払はるる札の肖像静か口引き結ぶ
この朝がたぶん最後のおわかれでけれどまたねと言うしかないの
朽つること許されずして窓先にドライフラワー臥せってゐたり
(九月十七日)
茶の混じる浅草紙に目を描けば神はいづことなく潜みけり
不条理はかくもありふれたるものか満腹にして出る紅茶菓子
大波は見ないふりして砂浜の似顔絵のこと話していたり
大型の非常に強い台風にけふの予定がお揃ひになる
嫌ひとふ並々ならぬ思ひもて許したまへよ薔薇の蕾や
どこまでもひとりよがりの愛と知るわたる船路のすゑをしらねば
感情は生き物なれば飼い主はフンの始末に責任を帯ぶ
眼球の毛細管の隅々に回らぬやうに毒を吐かせろ
(九月十五日)
現実も幻想もみな取り込んで独り渦巻くインタプリター
萎れたる向日葵いつか諦めしひさかたの日のかげ追ひわたる
(九月十三日)
満ち足りたひとときでした息を吸い吐く声さえも合わせるほどに
袋地のやや端寄りの字の読めぬ瓶の蓋にも愛をくれたね
我がふりを誹るともなほ厭はれぬひとの口から聞くほめ言葉
(九月十二日)
まっすぐな特別展の絵はぼくを見ていない 君のとなりにいたり
しあはせに死ぬるよだかの星かげはひさかたの日の夢の漏るるか
ずるいよ 夏の終わりの潮風を浴びれば不意にあの日の震え
(九月十日)
鈴虫のこゑにふるふる露のおもきよき月かげにじむ夜半かな
もちづきのかけゆくのみのさだめともきはなくふかむべきなさけかな
もちづきのあかきもいまはいたづらにただうらむべきわかれなるかな
こころなきさだめのゆゑのわかれしていかにかうたにこころよむべき
(九月九日)
砂時計落ちる一粒一粒を粉雪のごと永遠に見つめり
行くことの絶えぬる里は時も凍て白橘の香ぞにほふらむ
(九月八日)
壁越しにそこにはあらぬ叔母の声漏れきて祖父はああ今死にき
八重洲口改札に聞く虫の音にやさしかりける竜田姫かな
しんしんと夏雪ぞ降るクリスマスこの街で見し空を思へば
特別の遠さを以て償はるるとくべつありき なんのゆゑにか
「は」と「も」とを七度消して書き直す相手のあるを墓に告げゆく
瓜を食む 我が弟にお洒落して会いにくるとふ女ありけむ
(九月七日)
たまかづら御影山手の花崗岩薄紅色と君は知らずや
ブレザーのシティーボーイらコーヒーをブラックで飲む議論をしたり
逢うまえと全く違う響きして拝島という二字を見ている
ふたりなら何も怖くはないなんて当たり前だよ別れが怖い
夏の海どんよりとした砂浜を思ひ浮かぶるふたりあらなむ
秋風に枯れた花畑のように散らばっている靴下の夢
透明の傘を小さく折りたたみ大きな音に戸惑うように
四つ角の隅もこまめに拭きましょう思い出が固まらないうちに
なんとなくもらっておいたおしぼりが乾いたころに一緒に捨て
お目覚めは魔法のキスで起きたあともすべて幻いつか消えるの
ほんとうはなにがしたいかわからなくなってしまって魔法はきらい
(九月五日)
君はなほ我を逢ふとき雨の止むひととしるらむ 秋雨留まり
白鳥の背中に乗れば世界中誰よりしんとさめた夜でした
一時間あたり千七百キロで飛べば今夜のままいつまでも
マンモスの絶滅をせし日のことも思ひ出づべき百万年後
叶はない願ひのためになにもかも犠牲にするといふ希望あり
(九月三日)
春と秋くらゐ似てゐて春と秋くらゐすべてがすれ違ふかな
冬されば声も絶えなむまつ虫の恋をいかにか思ひ出すべき
わかき日の悪癖とみにかへるさへ恨みあへぬぞゆかりなりける
(九月二日)
日もすがら初めて見えし彫像の前のあなたと百回逢ひぬ
真珠色のオルゴール箱が語ってもそれは悲しい思い出でした
ゆふまぐれ発車のベルに合はすれば好きといひても困らせざらんや
(九月一日)
すぐ横にいる今だけはすぐ横にいるという関係のぼくたち
(八月二十九日)
永遠よざまあみやがれいまここの年表はずっと真実なんだ
(八月二十六日)
嬉しいをナイフで削り透明な袋で取っておく痛むけど
(八月二十五日)
永らへばなほもみぢ葉は赤からむ柄にすがるべき面影しげく
(八月二十三日)
海原を泳ぎあそぶや君はいま鉢に歪める我が目忘れて
(八月二十二日)
久方の日に時めきし向日葵もうつれるすゑの実ぞ懐かしき
(八月二十日)
夕方のチャイム響きて大人にも不定時法を許してくれる
こんなにもきれいな花の囁きに自殺は朝のひかりにも似て
成田からどこかへ逃げる窓の下どこかに君の家族が見える
五年前のぼくに手紙をくれるひとに返事を書いた澄んだサディズム
五年前のきみとぼくとが遊んでる妄想をするシーツの白さ
葡萄酒を傾けし夜の歯磨きを吐けば吸血鬼のやうな藍
内側が壊れていくよ鈍重な鎧を補強する間にも
あたたかき落ち葉が愛しつむじ風知らぬふりしていっしょに腐る
死ぬことは世界が消ゆること世界が一緒に死んでくれるといふこと
(八月十六日)
弔ひの挨拶を読むとききても父の声我が喉より出でむ
八ヶ月前のスクショのナビタイム我を改札前へ運びき
林檎酒を分かち明日にはなにもかも幻だったと知る手筈よね
(八月十五日)
殺すよりうへの力はなきゆゑに暫く取っておいてゐるだけ
高殿の光揺蕩い隅田川留まれる都鳥の羽染まる
(八月十一日)
灰色の小教室で聞く会議弁当のなか玉子黄色し
萌黄色の部室の棚は忘るらむもと我が家より運ばれきとは
踊り場に窪みつけたる生徒らは最早をらずに春風駆けぬ
「好き」だけを避ければいいわけではなくてあたりはすっかりびちゃびちゃだった
(八月七日)
ふるさとの社をまへに浮かぶ顔去年と異なりつと蝉かまし
別々に過ぐる明日への手土産に太陽光線のした歩めり
(八月三日)
この夏に死ぬまでずっとゐつづけるひまはりの目は直なるものを
(八月二日)
みち潮にすべて溶けなむ砂浜に流木とりて下書き写す
(八月一日)
鶴になる契りの叶はざるままに仕舞はれずある千代紙の束
思ひ出にいまだしならぬ約束のあれば去年のカレンダー残る
(七月三十一日)
指先に触れたら消える初雪を北国帰りのひとと見てゐる
納豆がクリームと逢ふ日の話聞きつつ腸を顰めてゐたり
閉まる戸を不意に駆け出しホームにはたぐり寄せたる海の夏風
朝靄に包まれ我は息弾む第一線の工作機械
(七月三十日)
大空と大海原の抱き合へるうちに我らの大地生まれり
幾年のながめののちに忍ぶ恋遺言とする蝉の清けき
秋さるを知るよりさきに七日して絶叫ののちわれも死にたし
ロボットのままでゐてくれなんてこと思ふわたしがロボットになれ
(七月二十九日)
さめてより夢と知りたり夢日記なんど読み返してもかひなく
(七月二十八日)
約束の駅のトイレの鏡には他人のやうに微笑む我あり
春の日を父の過ごしし野にゐれば語り合ふこともなく友だち
望月は遠く眺めて足りつるをあるべからざるアポロ・ソユーズ
(七月二十七日)
わかき葉の一枚おちてよろこびをかなしみとする蝉の絶叫
織姫と彦星はよに羨まし離るることもなしと思へば
(七月二十六日)
占ひが好きと囁くそのときも痛めつけてる花びらがある
火の玉の終はりを見るのが怖いから君と線香花火はしない
いつの日か別れを口に出すときもきっとあなたの言葉を帯びる
駅ピアノ弾く神さまの左手と右手の響き耳に手を振る
拒みかぬ離れて暮らす祖父母から口引き結ぶ野口英世ら
(七月二十五日)
特別な意味をたとへば改札の名前に附してゆくといふこと
千分の一となるとも我とゐし日のベクトルよ君を表せ
ひさかたの光を連れて歩きたる道に明日よりひだまりの粒
(七月十八日)
少しずつ海を食らひて東京は大きくなりぬ 海に還らん
散るさまも綺麗だなんて花見客勝手を言ってくれるじゃないの
(七月十七日)
常ならぬ世に向きあへる盤のまへふる身は溶けて我ぞ残れる
香水の匂ひに恋をしたなんてあなたずいぶん甘く見るのね
筆箱に桂馬の駒をもつひとを愛するやうな初恋なりき
黒き碁に伸べたる指に白き月差せば短き宵過ぎんとす
ひまはりはむらさきなればむらさきのクレパスをもて色を塗るかな
立葵花かげの日を恃みつつ夜長の秋を悟りてもをり
感情はもうすぐ滅びてしまうってラジオで聞きぬ 書かばや 書かな
くれなゐが消えてもずっとあぢさゐを眺めわたしは暮らすでせうね
内腕のかろき痒みの代償に生まれし命なりけり我は
(七月十四日)
持ち主の好きな歌だけ歌ふこと許されてオルゴールてのなか
君はわが心の中にのみゐればむべかの日々は夢に似たりき
(七月十三日)
しばらくが永遠といふ意味であることに気づかぬふりでぶらんこ
(七月十二日)
やはりもうないかもしれぬ赤銅のオリオンの肩から返り事
抽斗にアサガホの種ぼくたち違ふスーパーにて懐炉買ふ
(七月十日)
終はりなき花占ひに縛らるるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
望月に近づきたいと願ふたび動かせなくなる私のからだ
青空を見るレイヤーと土埃踏みつけてゐるレイヤーがあり
(七月八日)
ブラウザは覚えてゐたりもう開くことのできないURL
(七月七日)
冬よりも狭き道すぢ掻き分けて色濃き山は鬧はひにけり
あの町を今度はひとりおとづるといふしあはせを我と分け合ふ
山の上の空眺むるは裸眼にて眼に藍光を飛び込ませつつ
潮風は来ぬ丘の上シーフードパスタ頼めば夏ぞ広がる
(七月六日)
ファインダーなくば並木や萌黄なる水路や清きをとめほほゑむ
(七月四日)
幻燈に触るれば消えて我が指の形顕はに影を落としぬ
朝顔はいかなる夢か見けむ種くろくちひさく夏休み暮る
あたらしき里に帰ればモールにて高校生の君に出会ひぬ
どくだみの白さばかりを恃みにて君が隣をひとり歩きき
(七月三日)
ゆらゆらと西武電車は陽だまりの郊外を行くうつらうつらと
(六月三十日)
パレットに絵の具を広げ夕焼けの色を探さん名もなき妙を
またいつか生まれ変わって出会えたら今度はきみの親友になる
(六月二十八日)
海原に東の光あかね色纏ひて鴎君のワイシャツ
(六月二十七日)
笑ふことを目的にして笑ひゐる二人のコスモス秋風のうち
(六月二十六日)
嘘を吐く度に弾けていづことも知らぬ淵へと堕つる言霊
五年前君をまだ見ぬあの日々もどこかで同い年のぼくたち
(六月二十五日)
気だるげにあくびをすれば夏は我が指の先まで沁みて午睡も楽し
(六月二十四日)
シャンプーが口に入れば苦くってわたしはもはや地球にいない
工場の絵描きし人も工場も今は遺らず夜風吹き抜く
五万年地中にありし水飲みて水循環の一部となりぬ
(六月二十三日)
新宿といふ名を提げて行く電車クリーム色の江戸川区抜け
重厚な扉の先に世界から置いていかれるシアター12
だらだらと続く冗談終へかねてきっとかくして宇宙生まれき
(六月二十二日)
雪の日の部室は静か望まざることさへ共感し合ふくらゐに
シロナガスクジラが泳ぐ深海の中で寂しく楽しく暮らす
三秒に一回光る細胞に紛れて星に共鳴をする
少年よダーラナホースにまたがっておまへはどこかへいってしまった
想像は心の中に見ることで真綿が外に閉ぢこめてゆく
左手を御覧下さい川沿いはホモ・サピエンスの営巣地です
浴室に足滑らせし一瞬に我は正しく空を飛びをり
(六月二十日)
つはぶきの林を抜けて石畳登るをいとひ小蟻留まる
(六月十九日)
初夏の色を教えてくれるひと石膏像の背に水彩で
身体から同じ石鹸の匂ひがしてゐるといふしろきまぐはひ
夕暮れは待って呉れないからぼくは自分で闇を引き寄せてしまふ
緋も褪せし枯れ葉壊るる音鳴らし誤魔化してをりあき風すさぶ
この恋はひとり忍びて果てぬれば好きと言葉につひにせざりき
人恋へば我は溶けゆく怖ろしささればもとより誰か恋ふべき
心臓のかたちをそんな簡単に指をすべらせ送ってしまふ
êtreの活用唱ふる学生がゐて仏蘭西はなほ遠しとす
Googleは七年前の我が写真調べて同一人物といふ
(六月十八日)
息支ふ雨の煙の向かうには還らぬひとがまだゐるやうで
(六月十六日)
干し柿に閉ぢ込めらるる太陽を口に含めば午睡のごとし
お見舞ひの絶えぬ隣の子はずるい朝はもぞもぞしてゐるくせに
直線の北一条の大時計見ればしんしん袖に白雪
白壁の港を歩く黒猫の眼には写りき皮のトランク
手作りの大福食めば忽ちに水を飲みたくなる三が日
伽羅色の珈琲口に含みつつ暮らして行くといふレジスタンス
靄かかるレンズの先に珈琲の砂漠の海の夢垣間見す
(六月十五日)
人混みに君知るまじき君が背を見分くることにいつか長けぬる
大切なひとに最も重要なことを隠せばただの友だち
霞草になりたい薔薇が揺れる岸棘に花びら舞ひ落としつつ
弔ひの朝も城下は忘れかぬ嗚呼幸しげき灰かぶり姫と
熱抱き光る姿のフィラメント愛してしまふ哀しみ泳ぐ
睡蓮を眺めてゐれば誰の世ともつかぬ昼下がりの寛永寺
携帯を眺める君の横顔を覗けばいとどつらき遠恋
糸引かれ祖母の逢瀬に居合はせし帯を結びて夏祭りゆく
園庭に色を気づかひ人参を入れつる泥の筑前煮かな
朝九時に縁を欠きつるキティちゃんの碗を抱へるロマンスグレー
白墨の跡消えかぬる掲示板前にて君とエンカウントす
(六月十四日)
螢火がぱっと消えたら目を閉ぢて涼風流れ次のお話
花水木厚く濁れる白色の話交はししフレッシュマンら
通ってももう苦しくはないと知り待ち合はせ駅隙間風吹く
(六月十三日)
あの午後の傘は青空知らざればこの一年を聞いてもらはむ
身を浸す雨にゆかりも腐るべし毒色の花咲き渡るゆゑ
(六月十二日)
食パンを食みては溶けて生地となる生きては溶けてふりて雨溶く
土も溶けつま先も溶け境目はみな雨に消ゆ汝も吾も溶く
昨日とか今日とかみんな え? 集団幻聴に合はせてダンス
(六月十一日)
身体とは海なりき今溢れんとすれば辺りは湿りゆくのみ
(六月八日)
空蝉やいっそ忘れてしまひたき否なほ惜しき夕陽は沈む
黒板を爪で引っ掻く暗闇に光る星砂見に泳ごうよ
(五月二十九日)
夕焼けの最もあかき瞬間を見せたく君の隣にゐたし
(五月二十四日)
保留地の如き都道の植ゑ込みに無言に揺るる幾世のナズナ
(五月二十三日)
からからと木陰に風が鳴る見れば去年の葉なりき 思ひあくがる
蝶々の羽ばたき遥か静かにて融けて無くなりぬる腕時計
(五月二十二日)
別るとも別れかぬるは我身かな旅の窓こそ流れ去れども
夏さりて茜の空を待つほどに飽くる家路ぞうれしかるべき
あえかなる奥山の花見る咎もあはれ知りては負ひて愛づべし
我も君も黒影になる知らぬ人も 寂しくないよと囁き去りぬ
数寄屋橋やましさ隠す国鉄の轟音を聞く君の近くに
(五月十八日)
西陽差す阪急電車踏切を越え振り向けば消えき彼の日は
いつかまで残ってゐてね銀閣よまた来て若き友想ふため
桜咲き君と逢ひ散り咲き散りてまた咲き散らで君と分かれき
(五月十七日)
君が歳超えてしまへる静風よ桜ののちの便り知らねば
(五月十六日)
紫陽花に乱るる思ひ忘れかぬ雨いとどふり露も干ぬゆふ
(五月十四日)
遠のけど忘れがたきは君が影仮言を得まく魚津行きたし
(五月十日)
露跡に明き雨雲かかるゆゑたち花の香ぞにはかに立てる
筒井筒仰ぎし人も別れては歳よりほかに知るよしもなし
(五月六日)
最後まで気の合ふひとでゐたければ揃へ吹かさむそらのあき風
さだめとて人のゆかりな侮れそ情けは守らむうたかたの跡
偲はゆる夜と変わらずに清らなる影差す月はつれなかりけり
白雲もあやなく匂ふ朧月何か秘むればかくもゆかしき
(五月五日)
赤肌のシャワーを夏の償ひと為せば消ゆるも惜しき宵かな
香久山を遠み布団を幣に代ふひと夏の身を匂はせ給へ
(五月二日)
手のひらに昼の切り抜きそっと載せモンシロチョウ色のなげきする
まだ淡き窓の明かりを頼みにて時計の針の観察をする
正確にうつしとろうとつよくよめばうなってぐずりだす漢字たち
清冽な紅さは過去よ今は月ただあいまいにほほえんでいる
(五月一日)
躑躅躑躅赤き躑躅の皺寄れるシャツの向かうに並ぶ 隠れよ
左手のほくろの話咲かするも三年目なり今年めでたし
お揃ひのかの日の日焼け治るより三度の夏ぞ来んとする雲
(四月三十日)
教卓が夕日を反射する色は混ざる絵描きの頭の中に
(四月二十七日)
青白き朝焼け浴びし我が祖父は常世の海を漕ぎ渡るらむ
あかつきの青き光を抱く君にまた会うまでとは言えなかったね
生温い雨の匂いは駅ビルの本屋で嗅ぐのが丁度いいのよ
夕闇の囁き借りて約束を更新するくらゐの間柄
ざらざらのページの間より紫の蝶舞ひ出でぬ光の中で
蠟燭の炎のやうに揺らめいてふっと消えたくなる春の風
(四月二十二日)
生徒証栞にすればあやなくにふと舞い戻る高校時代
指先の近づき触れず忍恋我が背後霊だに知らざりき
(四月二十一日)
あはれ君吾人と告るやあしたにはもとの 蝶々 の世となるを
逢ふことの絶えて久しくなりにけり枕は知るや現か夢か
(四月二十日)
せわしなき乗換通路の地上には人影不気味な砂漠月影照らす
ただ闇のホームの果てよ明るきは人の夢かな六本木咲く
生温き風呂の湯臍ゆ腸の内に籠めつる憂ひを侵す
白無垢の母詰襟の我居間の額の奥には等価に坐せり
(四月十九日)
花水木白く鈍きは萼とこゑそもよろしとて待ち合はせせむ
例ならず暑かはしきに忍びあへ朧の月を寝待ち見るかな
ひさかたの光の君に触るるたび我が身の滲みをまた一つ知る
初躑躅よ君は知らずやをさなき日根津で失くせる我が白帽子
(四月十七日)
瘡蓋のやうに妖しき紫のかげを東の空は帯びゆく
昏昏と月よりほかはみな黒きオホーツク海滑る白鳥
運脚の労偲はゆる調布ゆき世は変はるとも道は変はらず
若草の多摩の御陵橿原の森に似るまで御代栄えなむ
杉林茂れる山に花積もる神ゆく人にかづけたまふや
(四月十六日)
目に慣れぬ天井有りて夜といふ時間たちどころに現れぬ
何もかも包んであげると暗闇の甘い囁きには乗らないで
(四月十五日)
生くる間に何冊の書を読み得べきレンズは世界捻じ曲げながら
懐中の里はうるはし春と夏と秋と冬とよひとたびに来よ
もの覚えいい人だって思はれたずっとこのままでも構はない
(四月十四日)
我が脇を過ぎし朝風ゆふべには去りぬる君の頬を撫づべし
昨日まで使ひし器ごみとして残れる我は春を始めむ
豚汁の油つつきて広ぐるも遊びとなりし頃もありけり
(三月三十一日)
散る花と若葉の色の透き通るさまの眩しさ悪みて去りつ
(三月三十日)
裏紙の名で束となりいろいろの前世は秘めて白きを競ふ
(三月二十九日)
我が恋が潰えし夜も密やかに赤く灯れる「押してください」
(三月二十八日)
見上ぐれば月の光を蓄へし雲と紛ふは桜なりけり
(三月二十七日)
幼き日まじまじと見し壁の沁みと我を引き剥がさうといふのか
(三月二十五日)
あながちに匂ひを放つ小米花押し付けらるる巣立ちのごとく
日の照らす空の色へと様変はる水色らしく暮らしてみたし
(三月二十日)
隅田川裂く弾丸の孔雀石花の上野に今着かんとす
連休の快速電車いつもより色とりどりの広告揺れる
将軍も町人もみな消えた世になほ花開く飛鳥山見ゆ
(三月十九日)
キャンパスをひとめぐりする写生帖西門の木は梅と記して
(三月十八日)
辞め時に戸惑うように着飾りて去りゆく春の八重桜かな
別れなど思わぬ日々の尊さを知っているから花粉のせいだ
春雨をレンゲで掬い逃す朝ほんとの空は淀んでいたり
九分咲きの花の硬貨をつまみ入れ今年最初の三ツ矢サイダー
(三月十七日)
少しだけ大胆になる未成年のぼくは来月消えてしまうし
窓外の雨の模様を知るためにブルーライトに照らされている
(二月十九日)
昼に見し街を光は彫り出しぬ襲ふ時流に抗ふごとく
(二月七日)
選ばれし売り場のペンは惑ひつつ残るペンらを見つめをるめり
(二月六日)
ビル群は街の地面を覆い果て空の形を決めてしまへり
麦秋と呼べば豊かな寂しさを湛へてゐたり花開く空
(一月三十一日)
路地裏の角にまします寒つばき開くこと日に張り合ふごとし
(一月二十九日)
曖昧な色しか見せぬ夕空に軽々しくも美しき街
カメラには捉えられないべに色の雲をあなたに届けたかった
(一月二十七日)
天の燃ゆる実仰ぐ狩人の肩まで一つ爆ぜて登れり
(一月二十一日)
木蓮の芽は白綿に包まれていかなる夢を安く見るらむ
(一月十七日)
火の尽きし暖炉の闇に浸りなむ恋物語読み果てしのち
(一月十一日)
会ふことの更にはあらじ折節に互みに影を思ひ浮かべん
たけくらべ園バス待ちし昔人はいつしか我に敬語を使ふ
見るべくも更にあらねば忘れまほし空似の鞄に胸走るより
(一月十日)
高殿は飛行機雲を仰ぎ見る茜に染まる空を飾りて
(一月六日)
独り身を包むコートの袖口は濡れて冷えたり雪にはあらで
ふる雪の君が情けは冷めぬれど白妙のかげ我が目を捕らふ
はつ雪の消ゆる間もなき恋なれど照る日に焦がす身はなほ痛し
(一月二日)
賑はひはもとの宿へと収まりてビルの谷間を我のみぞ行く
線図に他人の顔をして並ぶ六年間を捧げつる駅
(十二月三十一日)
ゆく年のゆかりは数へあへぬゆゑ春を待ちつつ急きまうけみん
(十二月四日)
言葉とは繊細なりき一つ右に打ち間違えてlsぃ,plぺsちち
(十一月二十三日)
動揺を索め世界を渉猟す映像記憶を造り出しつつ
別れてもまだいないのに一日を振り返りにて完成させる
帰り道路面に映る信号の光を拒み傘に隠れむ
我がために君がまうける二時間でかひなく探る我が知らぬ君
(十一月四日)
金色に染まれや染まれ黄昏れよブロック塀に常葉の植木
(十一月一日)
青白い光を灯す瞳して金属板をじっと見ている
(八月十五日)
しいしいと鳴く蝉の音をかき消して雨ざあざあとコーヒーを飲む
(六月三日)
金属のボディーに触れてひやっこいひやっこいとてキーを打つかな
(五月十四日)
橘のかをりの昼の幻をあへてたづねて夢と知るまじ
(四月十九日)
イオン化を我に説かれし先生はただ赤ペンの跡ぞ残せる
(三月二十四日)
プレートがハワイ諸島を近づけた距離だけ今日も爪を切り取る
(三月十八日)
電話越しいっせいのせで眠る夜 息の音だけが暗闇の中
(三月四日)
月影も朧ろに暗き夜にいかで春日の照らす人ぞ覚ゆる
(二月二十三日)
もういっそすべてをやめにしませんか水平線に向かって歩く
碧瑠璃の道ゆく船の舳先には仰げど未だみえぬから国
(十二月四日)
霜葉を我こそ惜しめ凩に揺るる梢は芽吹きの設け
(十一月二十二日)
カーテンの中で灯りに照らされて冬の巣ごもり準備完了
(十一月十九日)
夏過ぎて夢の通ひ路渡りし身冷むる月夜をあきといふなり
うすいうすい黒の水彩全体に重ねたような五時の山里
(十一月十三日)
梢だに芽ぶきのまうけ心とくわが身ひとつに冬のわびしさ
(十一月十一日)
急きがちの夜風ぞ冬を誘ふらむもみぢも落ちで身の震ふとは
(十一月二日)
もろともに袖を濡らして過ごすひとあらば心もかろくなりなむ
(十月三十日)
きよみづに参り詣でむ友の文の筆の流れを我が道として
(十月二十七日)
秋風邪に寝をぬべしとは知りながらなほ惜しむべき居待月かな
(十月十七日)
じとじとと寂しがりやの秋の雨つまんないでしょでもそばにいて
(十月十六日)
モデルではない男の子と女の子が手に手をとって歩くのが街
「ふらんす」と題する雑誌捲りつつわたしの雑誌はどこで読めるの
勝ち取った夜行列車の指定席ふだんはしないしりとりしつつ
(十月十三日)
母からの留守番電話削除する明日も聞ける声と信じて
恒星とホタルとホタルイカだけが光を放つ時代を思う
(十月九日)
月夜こそ清げなれども晴れやかに高き青空長くもがもな
月清く高き青空雁の暮れ幾何あれど飽かぬ秋かな
金色の扇の徴き故郷をいよいよ飾る秋風の舞
(十月八日)
消毒に次亜塩素酸の匂いして水着の夏が恋しくなるね
(十月六日)
高三の窓の黄葉ははらはらとつぎに萌ゆる葉見ずして発たむ
(十月二日)
会うことのかなわぬうき世月かげを見ればやさしきみおやぞ浮かぶ
(九月二十四日)
何ごともひとつ「あーあ」と言うだけて済ませられてたおさなき時代
(九月二十三日)
通学路歩数かぞへて歩みしを今は半分ほどになるらむ
(九月二十二日)
北国は秋や梢に来たるらむもみぢの風に虚しくゆれて
やは肌を重ねて我と君の身の境の溶けて混ざりぬる夜
(九月十七日)
賢きにはあらねど儚き浮き世にて竹の林に混じり過ぎなむ
古典を習ひて一日を終ふるのどけき秋に飽きなむ
(九月十六日)
つつ姫の忘れ置きぬる暑き日をともに苦しむ友だにもがな
(九月十五日)
懐かしき君の伸ばしし髪の波は人の心にかかる御簾かな
思ほえず病みて暇の友のかげなくて上級生の教室
あきれつつ物思ふらむ棚のへに忘れられぬる定期と財布
アンニュイにまどろみ寝入る世界史を子守りの歌に秋の陽のなか
おだやかなあなたとぼくになっていたすべてが遠くなったと言って
(九月十四日)
唇の皮を剥きゆく外界も時間も消えたように剥きゆく
(九月十三日)
日曜の夜はこっそり明かり点けひとり即席夏休みかな
外界への感覚すべて遮って口内炎の小宇宙あり
休らはで寝なましものを小夜更けてタイムラインの光を浴びる
(九月十二日)
一秒で駅の藻屑となりにけり三百円で求めし切符
また明けぬ何億日も誰からも挨拶されず月沈みけむ
枯れ色の冬の田原に迫り来る世の末恨む鴇色の空
(九月九日)
西側の酒と煙草と喧騒と夜闇の中に松虫ぞ鳴く
広告の冷凍食品みたいに暖かい甘い言葉を見ないで捨てる
(九月八日)
へんなお茶、なんか知らないけどうまい ルイボスティーや君はなにじん
(九月五日)
そぞろにて蝉の命の七分の一を過ぎつるあやふさを知る
(九月四日)
満腹に午後の紅茶を夕空とまどひ惜しみて一口残す
(八月二十三日)
せみのこゑ あゆんぎとくのしらやまをおもひこほりをなめまわすなつ
ものごとにきらいなところはあるけれどきらいなわけはべつにないなあ
(八月十日)
若夫婦我の生まれし街のこと期待をこめて見つめていたり
(八月五日)
液晶の傷もきれいな5年もの旅も寝床も携帯してた
(七月三十一日)
会うことの更にあらじとながむるにいかなる由か巡り会ふらむ
(七月三十日)
佐保姫のすまひなるらむ夏来ぬは花あはれまず宿ごもる故
(七月二十九日)
かたはらにありし昔をあひしのぶねびつる君にさらぬ由なく
立ち別れなつかしき人を思ふかな定めて更に逢ふことあらじ
(七月二十八日)
忘るれば忘れしことをうらむさへかなはぬことぞうらめしきかな
(七月二十六日)
ひと夏のあをき言の葉蒐めては別れののちの形見に仕舞ふ
流れなき水は腐ると聞こえども後ろめたさのなき淀みなし
(六月二十六日)
見下ろさば市の光はやはらかに仰げば孔の闇へと落ちる
(六月十四日)
向日葵の影は曠野の冬となる前からそうであったかのごと
(六月十日)
にんぎゃうの埃を払ひ目に戻る輝きを見てごめんと思ふ
(六月九日)
使わずに捨てられる側決定す使いはじめたその瞬間に
(六月八日)
いつからか開かざりつる宇宙図鑑「セファイドヘンコウセイ」と口にす
(六月四日)
文化祭の朝の写真の苦しさよ他への期待の詰め合わせだと
(五月二十九日)
昨日まで我を支えし黒椅子はごみという名で晒されており
(五月十八日)
「リソースがない」なんて。脳。パソコンとおんなじに見るなんて変だね
置く露にしなふ五月の若草の頼もしきひとを待つときもがな
(五月十三日)
ケーブルをグラスに当てる扇風機文明時代の風鈴の音
少しずつ崩されていく当たり前勝手に溶ける氷のように
(五月七日)
「#短歌」姿も本名も知らない君と育む世界
稚拙でもいいの。人麻呂・貫之も詠んではいない私の気持ち
生きているだけで十分価値がある、そう思わなきゃやってられない
(五月六日)
カーテンを閉め切り春の雷鳴を夏の花火にして楽しもう
放置した旅の記念のカレンダー半年前の暦を示す
(四月二十三日)
空のさま知らずに時の過ぎゆけば人為の時計の他に枷なし
おどろきて辺りは昨日の朝なりき携帯に見る日付の他は
ごみとして生まれたものは何もなく使われたからごみになるんだ
「10万があったら何に使いたい?」仮定法から直説法に
(四月十四日)
目の前で口に手を当て照れていたひとは四月の朝の幻
(四月四日)
なほしろき月に映えつる花の色の心してまた一歳を経む
(四月一日)
人影の絶えて降る雨受ける花ここは「東京」だと言い聞かせ
知るひとのなきにおどろき見渡せばおのが姿はいづこにもなし
(三月三十一日)
人の名は伝え絶えしか接ぎし花なほ世に広く咲きわたりけり
(三月二十七日)
覆われて吸気は自分の呼気という自己完結に吐きそうになり
(三月二十四日)
ひみつきち。さいしゅうへいき。さんりんしゃ。漢字が増えてまほうが消えた。
気付いたら駆け出していた地上へと昇る最後の一段ののち
(三月二十二日)
赤ちゃんの肌着みたいな色をして優しそうでも夜闇の予告
(三月十一日)
一昨日が明日になって来週が昨日になるかのような永遠
緊急の事態を告げる報道を見ながら家で貪る惰眠
おこたつの上のみかんのようでしたずうっと続く自宅待機は
ちんあなご!君も地中の退屈が苦しくなって出てきたのかい?
棚のすみ子供のころに手に入れたストップウォッチがべとべとしてる
(三月七日)
眠れない夜に浮かんで離れない母の声した昔のヒット
(三月三日)
流行についていけない男だし流行りの病気罹るまいぞと
大切なひととの糸は見えなくて指輪や時計は表象なんだ
(二月二十八日)
バスローブ、白いシーツに青光、夜の魔法は解けてしまった
(二月二十四日)
君とぼく近づいてきた線は今日交わり明日は別の方へと
(二月二十二日)
夜の小雨春の兆しの風にのり我が頬を撫づ何伝ふらむ
(二月二十一日)
忍ればあからさまにはまかづれどかまへて今に夢にだに来よ
(二月十一日)
柊の葉より零るる天つ星数へて眠るころの幸ひ
(二月十日)
友だちと歌った子供のころの歌夜空にひとり口遊んでる
(二月七日)
五年前笑い騒いでいたわたし「ガキだよなあ」と撫でて見ている
(二月三日)
あのひとの答えはなくて戸惑った顔して宙に浮かぶことだま
(二月一日)
「ふたりして締め出しに逢ってしまったね」いたずらっぽく笑うソプラノ
(一月二十九日)
歩き去る黄色い帽子の君たちが10分の道6分半で
(一月二十八日)
運休が決まったプレミアチケットの水色の切符千切って捨てた
亡国の国営ニュースの曲聞きて総員1の雨中行軍
(一月二十二日)
落ちている椿の花に「おつかれ」と声を掛けてもボトッとしてる
(一月二十日)
この恋が破れ知るより叶いつつ破れてもいるシュレティンガーで
乗客のない夜九時の「地下鉄をご利用のかたはお乗り換えです」
(一月十五日)
燦々と私ではない誰かへと夜の銀座のショーウィンドーは
(一月十一日)
二時間後来ぬべきことは知りつつもなほ悔やむべきいまちづきかな
(一月八日)
嵐往に上衣は脱ぎて差す春日纏ひてひとの顔にえむ花
(一月一日)
「私も」の答え需て八十の問い見初めの彼がする愛しさよ
切れてると知っているけど電球のスイッチひねる、習慣だもの。
令和二年
(十二月二十七日)
正月は来ると信じて無邪気にも五日後の君に年賀状出す
心だに枯れざりもがな学びありき色なき冬の暇といへども
枯れ果てぬ心を持とう色のない勉強漬けの冬休みでも
(十二月二十四日)
先生の声は遠くにBethlehem英和辞典の項読み耽る
臨界のプルトニウムのエネルギー古代を偲び都会を染める
2019年前の夜にひとり少女が聞いた声を祝して
平日のクリスマスイヴ手荷物でちょっと混んでる帰りの電車
(十二月二十二日)
人造の街や砂漠やその橋の笑顔は何割人造なのか
口の中つぶれて溶けたポップコーン夜の光に包まれ滲む
(十二月十四日)
真っ暗な運転席にお辞儀する道を譲ってくれた何かに
十年前打ち付けられた住所板だけが居場所を教えてくれる
人間が滅んだ後も変わらなく首都高の下は灰色でした
街頭のステージライトを当てられて戸惑っている落ち葉の銀杏
(十二月八日)
現代の国語を教えられておりこの表現は誤りですと
アナナス科。あななすかだよ、あななすか。何があななすかなんだっけ。
アメリカと戦い始めた12月8日のラジオを聞きつつ眠る
ティッシュ台と鼻とゴミ箱置き場とを往復するのに五分費やす
きっと空は明るく赤いことだろうひとりでいるから見ないけれども
This is a penをつかったことがないなんてさびしい人生だったね
文句屋さん、今日も文句をいいながら誰かに手紙を送る山小屋
かたちとか、さわったかんじ、おおきさも、かえずに死んだ乾電池たち
(十二月七日)
チョコレートパイナップルと跳ねる子ら最後のグリコはいつしただろう
潮垂れし袖も凍てむ夜一度の会ふことあらば安けからまし
センター街耳に流れる音楽はシティーボーイのわたしのテーマ
乗客という塊が通り過ぎ再び駅は誰もいない島
(十二月四日)
改めて彼を好きかと問われればふと訪れる秋の黄昏
瑞々しき稚児の書きたる水彩のやうに曇りのなき秋の空
目を醒ませサインカーブの中にいて2にはなれない籠の鳥たち
ネオジムの磁石よそんなにくっついて激しき命は痛くないのか
投げられた匙に当たって痛がったsinθはうずくまってる
(十二月三日)
コーヒーが苦手でロイヤルミルクティーが君は好きだと知った霜月
耳に入りたまたま知りぬ知らぬ人に子犬が5匹生まれけること
「ダーリン」と憧れ込めて呟いた息は洗面台へと消え
「家路往く影が長ければ長いほど一日楽しかったってこと」
荒涼としたオフィス街歩きをりコンビニに人あるを求めて
我と木と冬の夜風で鼎談す「寂しきことぞ寂しからざる」
意味もなく時計の刻むまたたきに粉雪ひとつ土に溶けたり
カウンターフェイトの人工言語で為られてない愛囁くの
この星の瞬く中で木星はどれなんでしょう?じゃあ地球は?
No Aim Saves Ancientness これが世界を導くNASAで
ほむほむと虚空の口で食んでいる試されるという意味の험の字
高校と家と部活と恋人とわたしはそれらの総称なのです
はっきりと見える君とのおしゃべりはめがねの枠の、画面の向こう
なんの気も無しに2割を占めてをり4字の単語の複数形は
(十一月二十五日)
ワントーン高くなってもいいじゃない、彼に心も浮かんじゃったの
匿名の「わたし」や「わたし」や「わたしたち」街の灯りに酔って生きてる
(十一月二十三日)
寝てる人ネットする人喋る人ガタンゴトンと揺られてる人
煌々と照らされ並ぶ白物家電ととせ古りたる代物家電
触りつつ触られている左手と右手に一人は二人に歪む
百均の風船のもうしぼんだのついてるよほら君の横顔
青白い朝の電燈跳ね返す露で見えない外に震える
直径が二十センチの海に沈む二十センチの灰色の街
消える、消える。エスカレーターに消えていく。私も乗った。世界が消えた。
人の衣大路覆へる混凝土空のくら雲色は変はらず
冷ゆる手を共に暖め合ふ人のなきや我が身に冬来るゆゑ
靴につく雪に濡れたる褐き床口も交はさず黒姫の駅
(十一月二十二日)
天つ国秋ぞさるらむ橋姫や身の冴ゆる潮垂れさせ給ふ
(十一月二十日)
白絹を折り重ねたる雲間よりもれる朝日の照らす頂
(十一月十九日)
朧月一夜だに見ば夜を明かし千里の道も豈に遠からむ
今様に歌ひ聞こえむすべらぎのしらす八すみに聞こえ渡らむ
白雪の積もりわたれるつとめてのやうなる夜の薄くらき雲
渡殿につむじ風受け見出だせばつひの一葉のもみぢ葉舞ひぬ
(十一月十六日)
夜もすがら心ゆかしくリプを待ち昼はとろみて何も眺めず
今宵こそ早く眠らめ三文のやすき心ぞもて明朝経む
(十一月十四日)
むら雲を鈍く染めたる夕闇に抗ふ街の灯りの細さ
真っ白の君の心の白雪に目は焦がれたり盲目の恋
(十一月十二日)
今日こそは連れて帰ってもらえると思ってたよなごめんな傘よ
(十一月八日)
「ぼく」は死に「おれ」が生まれる十二歳 もう戻らない、もう戻れない
公園の落ち葉は脇によけられて冬の北風道を吹き抜く
詩としての歌とは別に何気ない言葉を紡ぐ五七五で
何気ない会話の中に五七五織り交ぜていく小粋さがすき
木枯らしと共に今年も風邪を引く 去年は一回二錠だったな
(十月三十日)
橘の苗を植えよう春来たらもう一度だけ君に会うため