les impressions et les expressions

赤らめる月

月は，暗きよの大空に独りましまして，けうらに閨にさしこむ青白きかげは，あからめには寂しげに見ゆ。さてもあかき月のさやけさの，あてやかなるひとの心ばへのやうにまことやさしきとは，我のみぞ知らむと思ひてけり。

いつしかほどよくなりて，いま上りたる望月の御けはひなのめにはあらず，くれなゐにめかしこみたまふ御かたちは言ふかひなけれど，つつみもせずまします月をあでやかに染めあげたるは我にはあらず，この身のありさまは，月かげのさやけきに今宵はじめておどろきぬるあまたのものどもに異ならずと知りては，わびしくも思ほゆ。

かくて物思ひしてかきくらしてけれど，今宵の月のことに匂はしきは，さすがにおのづから目をとろめかすばかりなり。つややかなる御すがた，我にも見えたまふと思へばうれしきことにて，もろともにめでたてまつらむことだにとぞ思ふ。

右は皆既月食の夜にしたたむるなり。