まづ好きなことを三つ選んでください
高校生のころは、自分がどんな人間かを考えるとき、もっぱら自分がどんなことを好きかによって表していた。大学に入ってからは、少しずつ、嫌いなことで自分のことを表すことが増えていったような気がする。
自分を誰かに知ってもらおうとするとき、好きなことを並べてするのはきれいだ。受け取るほうから見ても気持ちがいいだろうし、そこに挙げていない種々のものを受け入れる可能性に開けている。そういう気持ちで生きているとき、人生は心惹かれるものごとへと前へ前へと進んでいく。いろいろなことを試してみることで、知っていること、うまくやれること、できることが増えていく。高校生の頃は創造性があったと思う。創造性というのは模倣より生ずるもので、模倣というのは何かへのあこがれから起こるものだからだ。そして模倣は基本的にもととなるものに比肩するだけの輝きをもち得ず、もととなるものとの乖離は、自己愛やその他無意識に混入する様々な要素に起因して、可視光から今にも外れてしまいそうな光を放っている。
好きなことで自分を定めるのはきれいだと思う。でもそれに戻ることはむづかしい。いつからこうなっていったのだろうか。
高校まで、自分がどんな人間であるかを正確に表す必要性は、実のところあまりなかった。部活も、芸術選択も、日本史・世界史選択も、人生に大きな影響を及ぼすことはない、きょう着ていく服の色のような選択に過ぎない。文理選択は、もしかすると大きな影響があったのかもしれないが、それはあとになってわかることであって、ずっと均等に五教科をやってきた高一のときに、それがどんな性質のものだったか正確に認識していたかは——こんなことを言うと当時の自分は不満をもつだろうが——やや怪しい。高二のころ、ぼくは文理選択というdivergenceに抗おうとしていて、理系のE組に行っては、単振動の話をひたすら聞く、というようなことをしていたように思う。高3に入ると、それは成績というものが人生の中で相当のウェイトを占める時代であったが、理系のひとたちと何かを比べられるような指標はもはや残されておらず、それで初めて、人生が分かれていくこと、というものをなんとなく意識したように思う。つまるところ、文理選択までは、選択の機会はあるにはあったけれども、選択の余地のないものがあまりに多かったために、選択の結果が人生に及ぼす影響はきわめて限定的であり、だからぼくたちは、選択というものにあまり真剣になる必要がなかった。わざわざ自己紹介をしあわなくてももとから知り合い同士であるような、端から均質性も高く、大同小異であって、なにを話しても、直接わかりあえるか、それが自分の友人たちのだれかと似ていると感じられる程度の多様性。
大学に入って、学部を選ぶこと。履修を選ぶこと。ぜみを選ぶこと。サークルを選ぶこと。どんなバイトをするか選ぶこと。そして就活。ひとつひとつの選択が、高校のころの選択と根本的に性質を事にするようなものではなかったけれど。大学生活というのはパッチワークのようで、長い長い時間をどんなふうに組み合わせによって埋めていくか、それ自体のほうが本質であって、決してある固定されたひとつの本分のようなものの余暇に、べつのなにかをするという感じはしなかった。そして、なにを選んだとしても、それは最後にガクチカというひとつの基準によって、収斂していないにもかかわらず、比較されるものとなる。就活はただしい。就活がへんな文化だとはあまり思わない。大きく遺恨を残すことはないような結果に終わり、それで内定をもらった会社で一年働いて、なんとなく安定しているからこういうポジショントークが取れるのだ、そういう批判はありうるかもしれないが。就活はわりあいまっとうなことを言っていると思う。ひとには向き不向きがあって、自分の特性にあった仕事を選ぶことが大切だ。仕事というのは人と人との関係であって、なにか特定の技能や技術は就職してから学ぶこともできるが、どんな輪に入っていき、そこでどんな立ち位置を占めるのかは、もっとずっと長期的な人となりというものにかかわっていて。だから就活のためになにか特別なことをする必要はないけれど、あなたがいま大学でどんなことをやっている人間なのか、何が好きでそれを選んだのか、教えてくださいね。それを聞いて私たちが心地よく感じることができるなら、私たちはあなたを私たちの輪の中に迎え入れることができるでしょう。ああ、あなたは私たちとは少し違うようですね。ほかの会社に入ってもらったほうが、お互い幸せになれるかもしれません。あなたが決してだめだとか、間違っているだとか、能力が低いとかそういう意味ではないんですけれどね。末筆ながら、今後のご多幸とご清祥をお祈り申し上げます。
そうだ、好きなことによって自分を定義するというのはなんだか人間疎外に思える。好きな気持ちを社会化し、自己の定義——すなわち、他者との交通不可能性の指標として用いること。私がなにであり、なにではないかを表す。
中学時代に陸上部でがんばっていた彼は、そのままインターハイに出て、スポーツ推薦で大学に行き、そのまま企業でも短距離の選手として仕事をしている。頭が良くて勉強ができた彼は、院進して、そろそろ国際学会で発表をするらしい。絵を描くのが好きだった彼は、プロのイラストレータになることはなかったけれど、skebで月に一回依頼がもらえるくらいの絵師になっている。みんなすごいね。この話はフィクションだけど。好きなことを極めて、自分のキャリアにすること。それは自らの好きを競争社会に晒すことを意味する。そのためには、なにかひとつ熱心に嵌まり込めるもののために、人生を尽くさなければならない。それができないくらいの好きのひとは——いいですよ。それも多様な好きへの向き合い方のひとつです。決してそれ自体を職業にしなくたって、なんとなくあなたの人となりがわかれば、私たちがあなたを会社に迎え入れて、私たちとあなたがうまくやっていけるかどうかがわかりますから。そうなったとき、結局職業選択に帰結するということは同じだとしても、後者では、好きなことに向き合い、実践するという、好きであることの本質のようなものは雲散霧消してしまって、好きなことは、人と人とを峻別し、いっぽうには開け、もういっぽうは排除するためのラベルになっている。
自分がなにが好きか表明することは怖い。ああ、あなたは〜〜系のひとなんですね。私とはちょっと違うみたいです。だから私たち、これからの人生で交わることはないでしょう。
まづはあなたが好きなものを三つ選んでくださいね。あっマッチしたみたいです。じゃあきょうからあなたは私の彼氏、ほかの女と遊んだらぶっ飛ばすからね。それからほかの人間にやったら魂の殺人になるような行いをしてくれなくっちゃ、甲斐性なしなんだから。
嫌いであることから生まれる創造性というものはある。岡本太郎は社会のひずみと、それを弥縫しようとする全体作用とを描きだす。でも、岡本太郎でないぼくが社会のひずみを描いたところで、それは人の心を動かすこともできなければ、それはなにかを嫌うという醜さに端を発するものであるからして、自己愛のかたちとして愛でることもできない。だから多くのひとにとって、何かを嫌うということは消費的だ。消費的なことを、ひとは自分が何かを嫌うということを理屈をつけて正当化したがるものだから、批評と読んでごまかしている。猫のことも杓子のことも礼賛するのは美醜感覚の欠如だ。私たちは消費をしているわけじゃない。選び取るというコラージュを絶えず生成して生きている。何かを嫌うとき、自己の存在を確認して安心する。悪口で盛り上がり、傷を舐め合う。完璧じゃない世の中、物語みたいにきれいにはいかない筋書き、そういうものを見つめて安心しようとする。醜くて、さんべきものからはかけ離れた、職場の先輩や髪を切ってくれるお兄さんとは決してできないようなコミュニケーションが、何かを好み、そのために努力することを幸せであると定義づけるような全体作用から、私たち逃がしてくれる。捕虜収容所の、甘い匂いのする埃。
好きなことってそれを突き詰められないほうが幸せでいられるんじゃないかな。好きなことを自己定義の材料にしたとき、ひとは好きであるということのイデアに支配されて、疎外される。ライブに行くたび溜まっていく、一回性の輝きの残滓としてのペンラのプラスチック。私たちはいろいろなことが好きで、いろいろなものが嫌いで。自分を定義するために、なにかを好きであることを強制されると、好きな気持ちというのはどこかに逃げて隠れてしまうようだね。好きなことを満足にできないくらいの決まりきった日常と人生という全体作用が、私たちの好きな気持ちを、逆説的に、いちばん自由なものにしてくれるように感じる。